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【現地ルポ】往時の空気までも再現する重要文化財修復工事の裏側

2020年08月18日
池田建設

秋田県の名刹のひとつ、重要文化財「萬固山天徳寺」の修復工事が進行している。池田建設が手がける工事現場に密着取材。貴重な光景を目にした。

 秋田駅から車で30分ほどの場所にある「萬固山天徳寺」を訪れた。この寺院は秋田藩主佐竹氏の菩提寺として知られ、今から約420年前の慶長7年(1602年)、常陸佐竹氏の秋田転封にともない、この地に移転された。当初は、城下の南郊、楢山村金照寺山麓に建てられたが、寛永元年(1624年)の火災で焼失、その翌年に現在の場所にて再建されたという。現在の本堂は貞享4年(1687年)に再建され、書院は文化3年(1806年)に建替えられた。
 参道には古い石畳が敷かれ、その両脇には約120本もの松が生い茂っており、神秘的な雰囲気がある。境内には、仁王像が守る山門、総門、御霊屋(歴代藩主の墓)が建つ。曹洞宗に属する大規模な寺院として、伽藍の主要建物がよく残り、常陸地方の建築との関わりを示す細部もあって歴史的価値も高いということから、1990年に国重要文化財に指定されている。しかしながら経年劣化による建物の沈下や劣化、破損も多く見られるようになったのは確か。この寺院がもつ歴史的価値を後世に伝えるため、平成27年より大規模な保存修理工事がスタートした。現在は、“第三期工事”に突入。“第一期工事”から一貫して池田建設が工事を手掛けてきた。現地に到着すると、鬱蒼とした山林を背に、素屋根に囲まれた本堂が見える。往時の風情をそのままに残す山門の前で出迎えてくれた現場責任者の中村健一所長が工事の概要を説明する。
「“第一期工事”では、樹木伐採や工事用スペースの舗装、補修中の建物が風雨に曝されないよう、建物全体を覆う素屋根の設営を実施。本堂の柱や梁、屋根など重要な骨組みを残したうえで、茅や床、天井などを解体しました。“第二期工事”では発掘調査と補修材料となる木材の購入を実施。昨年の10月から現在の“第三期工事”に取り掛かりました」 工事現場を案内してもらいながら、“第三期工事”内容について聞く。「本堂、書院全体をジャッキアップして、コンクリートと鉄筋で基礎を打った上で、建物を戻して、土を入れて基礎を隠すところまでが“第三期工事”に当たります。補修工事全体を通してみてももっとも重要な工期にあたります」
 重要な工程だからこそ困難な作業を伴う。
「文化財の補修工事は大前提として、可能な限り復元しなくてはなりません。どの時代にまで遡るかを考えるのは設計者ですが、私たちにはそれを具現化する役割があります」
 例えば、補修と言っても古くなった柱を簡単に交換するわけにはいかない。腐っている部分だけを切断して接ぎ木をし、釘ひとつひとつも使えるものは再利用する。使えなければ往時の仕様に合わせて専門職人に作ってもらう。また、新たに基礎を打ち直した後で建物を戻すというが、基礎の上に従来、柱を支えていた置石を配置し、その上に本堂を戻す。すなわち基礎に支柱を固定することはできない。近代工法ではなく、あくまで往時の工法まで再現する必要がある。最後に土を入れてコンクリートの基礎を隠すのもそのためだ。
「昔の建物は固定してはいけない。地震の時に自分で歩くこと、すなわち建物全体が動くことで倒壊を防いでいるのだと教えられた」

 建物全体をジャッキアップすると一言で言っても、これだけ巨大なものだから、それは容易なことではない。しかも330年前に建造された木造の建築物だ。下手をすれば、いとも簡単に崩れてしまいそうにも思えるが、そこは神社仏閣の工事経験豊富な池田建設のノウハウがモノを言うのだろう。用意周到かつ確実に手順を踏みながら工事を進めていく。
「まずは手動の油圧ジャッキを支柱の下に設置して持ち上げるのですが、当然、一気に持ち上げることはできません。ある一カ所を3センチメートル上げたら、また別な場所を3センチメートルだけ引き上げる。そんな地道な作業をひたすら繰り返しながら、徐々に建物全体を水平に引き上げていきます」
 写真で見るように現在は、本堂が1メートルほど引き上げられている状態になっているが、ここまでくるのに約一ヶ月はかかっているという。
「建物の構造自体は比較的しっかりしていましたね。使用している部材が大きいのも、その理由のひとつといえるでしょう。例えば床組に三重の丸太を利用しているのは、この辺の地域性でしょうか」
 それでも、ところどころに経年劣化は見られる。場所によっては激しい損傷もあるという。例えば、地盤の歪みによる建物への影響も大きい。
「引き上げてみて初めてわかったことですが、基礎石が不同沈下を起こしており、85
本の支柱のレベルが合っていないことがわかりました。ひどいところでは30センチメートル以上もの差が生じていた。そのゆがみが建物に悪影響を及ぼしていたのでしょう」
 本堂が宙づりになっている状態で、地面を整地してから、鉄筋コンクリートで基礎固めをして、元々あった場所に基礎石を戻す。
「柱の収まりが良くなるように根本の形状に合わせて石が削られているので、位置も方向も元通り再配置する必要があります」
 もちろん、しっかりした木材を使っているとはいえ、所々に傷みは見られる。中には致命的な損傷箇所もあったのだとか。
「支柱下部の腐ってしまっている部分は、切断した上で根継ぎや補修を行い、虫食いが見られる箇所は表面を3センチメートルほど削って使用するなど、極力、往時の姿形を温存するために、当時使用していた材料を再利用、あるいは再現する必要があります」
 例えば、“第一期工事”の解体時に土壁の漆喰をはがしたが、中の土は再利用するため、土嚢に入れてしっかり保管しているという。
「建屋を引き上げてみて初めて状態がわかる部分がある。そこから部品を発注することもあるので、どうしても時間がかかってしまうのですね。この“第三期工事”はあと2~3ヶ月もの時間がかかる見込みです」
 もはや文化財修復工事は池田建設にとっては、決して利益追求ではなく、社会的意義と使命感に突き動かされる事業なのかもしれない。「今回の工期で基礎をしっかり固めてしまえば、工事全体を通しての大きな山場は越えたも同然です」
 今回の補修工事は、おそらく100年に一度の大規模工事になる。もしも新しい工法が見つかった場合、未来の職人が差し替える可能性もある。「まだ見ぬ未来に繋げ、そして伝えていく工事なのだ」と中村氏はいう。

取材協力:池田建設株式会社
http://www.ikeda-kk.co.jp/

取材・執筆:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)

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