News ニュース一覧

  • NEW! 2019年10月22日
    日経BP総研 経営フォーラム モデレーター

    10月24日・弊社代表がモデレーターとして登壇

    東京・大阪・名古屋・福岡の4都市で開催される東洋経済新報社×M&Aキャピタルパートナーズ様共催の経営者フォーラム2019セミナー「経営をつなぐ、人づくり・組織づくり・風土づくり」。第三部、トークセッションコーナーのモデレーターとして、弊社代表・伊藤秋廣が登壇させていただくことが決定しております。

  • NEW! 2019年10月21日

    【新サービスのご案内】

    弊社独自のオリジナル・サービス数種をリリースいたしましたのでお知らせいたします。

  • NEW! 2019年10月21日

    『本音で聞きたいイマドキ女子の性の悩み』イベントリポート

    9月25日、一般社団法人 日本家族計画協会とジェクス株式会社の共催により開催されたトークイベント『本音で聞きたいイマドキ女子の性の悩み』のリポートの制作を担当。普段は相談できない性の悩みについて、スペシャル講師やゲストが熱いセッションを繰り広げていました。

  • NEW! 2019年10月20日

    【全部ネタばれ】年間500人の心を開いてきたプロ・インタビュアーがインタビューされて、インタビューのテクニックをすべて語り尽くした超ロング・インタビュー記事(第二回)

    概要:価値を理解するための3つの目と、本質の見つけ方

    年間500人以上対応のプロ・インタビュアーとして、数多くの経営者、文化人、タレント、学者、医療従事者、アスリート、専門家、ビジネスパーソンの話を深掘ってきた藤秋廣(株式会社エーアイプロダクション代表)が、初対面の人の心をわずか数分で開き、気持ちよく論理的に話を引き出すテクニックを、すべて大放出いたします。(聞き手:近藤由美)

  • NEW! 2019年10月20日

    専門家が語る民泊の基礎知識(1/2)

    マンションや戸建て住宅の空き部屋を活用。宿泊客を受け入れる「民泊」を運営することで副収入を得ている人も増えているという。まずは民泊の専門家に話をうかがい、基本的事項を整理・理解したい。

  • NEW! 2019年10月19日

    【BEST INTERVIEWS】映画監督・谷内田彰久さん

    ドラマ的嘘や映画的嘘のないものを描く

    谷内田彰久氏は、自らの仕事を“一般的な映画監督業とはかけ離れている”と説明する。作品作りに関わる実務はもちろん、それ以外にプランナー、プロデューサーなど多様な側面を持ち、各種プロモーションからタイアップの仕掛けづくりまで、クリエイティブ、ビジネス領域の境なく縦横無尽に動き回っている。

  • NEW! 2019年10月17日

    【BEST INTERVIEWS】映画監督・柳明菜さん

    最新作「いなくなれ、群青」が高い評価を受けている映画監督・柳明菜さん。ブレイク直前の2017年8月に、私、伊藤秋廣がインタビューをさせていただいておりました。とても力強い、一つひとつの言葉が印象に残っております。

  • 2019年10月5日

    民泊コンサルとオーナーが徹底討論「民泊事業のリアル」

    マンションや戸建ての空き部屋を活用して宿泊客を受け入れる民泊が新たな資産活用法として注目を集めているが、果たして本当にメリットはあるのか?関係者のリアルな声を拾ってみた。

  • 2019年10月4日

    プロ・インタビュアーがインタビューのテクニックをすべて語り尽くす(第一回)

    プロローグ:
    聞いて本質を理解して、
    価値化することに意味がある

    年間500人以上対応のプロ・インタビュアーとして、数多くの経営者、文化人、タレント、学者、医療従事者、アスリート、専門家、ビジネスパーソンの話を深掘ってきた伊藤秋廣(株式会社エーアイプロダクション代表)が、初対面の人の心をわずか数分で開き、気持ちよく論理的に話を引き出すテクニックを、すべて大放出いたします。(聞き手:近藤由美)

  • 2019年09月30日

    “地産地消”の事業承継が可能となる社会づくりを目指し

    「事業承継」という言葉すら存在しなかった時代から、経営者の悩みを解決し続けてきたパイオニアとして知られる事業承継センター株式会社・代表、金子一徳氏にインタビュー。事業承継の現在(いま)と未来についてお聞きした。(出典:事業承継ラボ/インタビュー:伊藤秋廣)

  • 2019年09月28日
    スタイリスト澤木祐子

    プロ・スタイリストが提案する“100年後を見据えたファッション”とは?

    お客様へのカウンセリングを通じて最適なスタイルを提案するパーソナルスタイリストが目指す“100年後を見据えたファッション提案”について話をうかがいました。

    ――パーソナルスタイリストのスペシャリスト集団である、国際スタイリングカウンセラー協会が、どうして「#100年後の地球を考えるTシャツアート展in今治」を主宰することになったのでしょうか。
    個人向けのスタイリストなので、お客様のクローゼットカウンセリングにうかがうことがあります。すると同じようなアイテムが複数あったり、まったく使用していないものもあって、実はクローゼットの中身の半分程度しか利用されていないというケースを目の当たりにしてきました。私たちの世代ってモノはたくさん持っているけれども、しっかり使いこなしていない世代ともいえるのですね。

    昨今、社会問題となっている“洋服の大量在庫・大量廃棄”は、販売する側だけでなく、私たち購入する側にも問題があると感じていました。ファッションにかかわるものとして、何か解決策を見出せないものかと考えていた時に、日本環境設計さんのケミカルリサイクルの技術を知りました。

    大量廃棄を防ぐには、まずは洋服が再利用できることを利用者の方々に知っていただくべきではないかと考えたのですが、単なる啓蒙活動を進めていても、なかなか浸透しません。そこで、海などの自然界に流出する『海洋プラスチック』の問題にも着目。廃棄されたペットボトル6本から一枚の、永遠にリサイクルが可能なオリジナルTシャツを作り、デザインコンテストを実施することで、洋服と海洋プラスチックの廃棄問題について考える機会を持っていただこうと考えました。

    ――イベントの概要をお知らせください。
    10月5日、6日の2日間、愛媛県今治市唐子浜にて応募作品の展覧会が実施されます。当日は、コンテストの優秀作品の表彰のほか、すべての応募作品を愛媛県今治市内の海岸に展示します。また、来場の皆様にもプラスチックごみを拾っていただいて、新しいオリジナルTシャツづくりに参加いただけます。今回のイベントへの応募は8月31日で終了してしまいますが、今後も継続的に開催していければと考えていますので、ご注目ください。

    ――読者に伝えたいメッセージは?
    100年後の地球を考えるというと大それた話のように思えるかもしれませんが、例えば新しいファッションアイテムを購入する前に、クローゼットの中身を見直してみて、アレンジするなど、小さな一工夫を重ねることで、変えられる未来があることを知っていただきたいです。次回から、再利用やスタイリングのコツについてお話をさせていただければと思います。

    一般社団法人 国際スタイリングカウンセラー協会
    代表理事
    澤木 祐子さん

    メディアスタイリストとしての39年間、3万以上のスタイリング経験を活かし、トータルライフスタイリングを提案。芸能人や文化人、モデルなどを対象としたメディアスタイリング以外にも、個人向けのサービスを展開し、3千人以上の人々にスタイリング提案をしている。スタイリングカウンセラー(R)認定講座を開講し、お客様をパーソナルにビジュアル表現できるスタイリスト育成にも精力的に取り組んでいる。

  • 2019年09月27日

    “シェアリングエコノミー”が変える“ミレニアル世代”の生き方

    「シェアリングエコノミー」という言葉をご存知だろうか。モノや空間、サービスなどを個人間で共有=シェアすることで成立する経済概念で、インターネット上のプラットフォームを介するという特徴を有し、遊休資産の有効利用されることで、新たな価値を生みだすことが期待される。

    この新たな概念は“民泊”の仲介サービス「Airbnb」と個人所有の自動車をタクシーのように活用する「Uber」が誕生したアメリカ・シリコンバレーから日本に上陸。海外旅行先で民泊やライドシェアを体験したユーザーや、TV番組の影響で注目を集めていたシェアハウスに住む20代~30代を中心に人気に火がついた。現在は、宿泊施設や遊休スペースのシェアや自動車のライドシェア、お金をシェアするクラウドファンディングや仕事やスキルをシェアするサービスなど、あらゆるシーンにおいて広がりを見せている。

    日本政府も新産業の創造に大きな影響を与えると期待し、成長戦略の一つとしてシェアリングエコノミーを推進。今年1月には内閣官房に「シェアリングエコノミー促進室」が設置され、情報提供や自主的ルールの普及・促進、ベストプラクティスの紹介などを通じてシェアリングエコノミーを推進している。

    さらに地方を中心に深刻化する少子高齢化による課題解決の手段として、シェアサービスを活用しようとする動きも見られ、各地で官民共同の実証実験が行われている。先進的事例としては、自治体と民間企業がコラボ。雇用、観光、子育てなどをシェアの力で解決するモデル都市「シェアリングシティ」も登場。千葉市や長崎県島原市、渋谷区などが名乗りをあげている。

    もちろん、いくつかの課題もある。普及が進まない最大の要因は“認知度”の低さにある。諸外国に比べて、日本人のシェアリングサービスに対する利用意識はかなり低い。そんな現状を打破すべく役割を担っているのが内閣官房認定の“シェアリングエコノミー伝道師”だ。

    一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局渉外部長、クラウドワークス経営企画、そして“シェアガール”という、マルチな肩書を持つ石山アンジュさんもそのひとり。自らの役割を「“ビジネスとしてのシェアエコ”というよりは、“消費者にとってシェアエコ”というものが、どのように作用して生活利便性を向上させるのか?であったり、どのような生活における幸福度が向上するのか? あるいは、どのようなつながりや交流を享受できるのか?という点にフォーカスして、発信していくもの」と自覚する。

    そんな石山アンジュさんは、“ミレニアル世代”ならではの価値観が、シェアリングエコノミーが目指す世界観とマッチすると指摘する。“ミレニアル”とは英語で“1000年の”という意味で、西暦が1000年代から2000年代に変わる節目に社会に出てきた、ちょうど30代半ばまでの若い世代を指す造語。小さな頃からデジタル、スマホ、SNSに対してネイティブに触れている。同時にバブル経済が崩壊した後の“失われた20年”と呼ばれる低成長期を過ごし、社会に出るタイミングでリーマンショックを体験した。

    「大企業が軒並み倒産、合併を繰り返していた時期を過ごしてきました。経済成長に期待が持てないのと同時に、阪神、東北という二つの大震災を経験し、“いつ何が起こるかわからない”という不安も抱えています。就活も3.11の年に当たったので。壊滅状態でした。すべて白紙。これまで決められていたルールやロールモデルに従っていっても豊かになれると信じることができない世代なのです」

    そんな彼らが求めるのが“人とのつながり”だ。誰かに対する愛情や慈悲の思いを通して、自らの豊かさや幸福感を覚えるような思考になっていったという。決してお金や物欲を満たすことで幸福を得ることはない。国際ボランティアや貧困層に学校を作ることに関心を持つのもこの世代だ。

    「スマートフォンやSNSの普及により、圧倒的に関係する人の数は増えました。ところが、その一方で、単なるネット上の関係性の中では、深いつながりを得ることができないわけで、結局は孤独を感じていると思うんですよ。その反動として、シェアリングサービスが提供する、空間や時間、モノや仕事の共有が求められている。そこから人間的な繋がりが生まれていくのですから」

    (本記事は2017.12.15に提携メディア「NEWS POCKET」にて掲載されたものです) 聞き手:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)

  • 2019年08月31日
    イタリア料理研究家 板倉布由子

    「ちょっとした工夫で自身の食生活が豊かになる」

    イタリア料理教室「effe-co. (エッフェ・コー)」を展開する倉布左子さんは、単にレシピを教えるだけでなく、自らのイタリア生活の経験を活かし、イタリアの食文化そのものを伝えるという、独自のスタイルが評判を呼んでいる。
    「一昨年までの10年間に渡ってイタリアで暮らした経験があるので、感覚的に“イタリア人の食卓”が身についていると思っています。例えば“カルボナーラ”のような、コテコテの定番ではなく、現在のイタリア人が好んで食べる家庭の味を、日本でも簡単に手に入る食材を使って教えているのが特徴です」
    板倉さんの教室に通うのは、30代女性が中心となっているのだとか。そんな“大人女子”世代から絶大的な支持を集める理由には、料理はもちろん、テーブルセッティングやワインなど、料理を取り巻く要素にも独自のこだわりが散りばめられている点にあるという。
    「ちょっとした工夫で可愛く見えるセッティングレッスンも好評です。ワインは懇意にしているショップの方に相談しながら、その料理にフィットするイタリアンワインをセレクトしてご紹介しています」
    試食の時間をたっぷりとって、受講者とともに料理を楽しむのも特徴。板倉さんが過ごしてきたイタリアでの生活の様子や現地の食文化についてなど、受講者の興味を掻き立てるような話題が尽きない。
    「イタリア人にとって、食事は娯楽の一部として生活の中に染みついています。できる限り家族や友人たちと一緒に楽しんで、食事の時間そのものを有意義に過ごそうと考えているのですね。ですから私の教室では、皆さんと一緒に食事を楽しむ時間を一時間くらいたっぷりとって会話を楽しんでいます。ちょっとした異業種交流会のように、この教室から新しいお友達ができた、なんて方も多くいらっしゃいますよ」
    板倉さんは、料理教室のほかにも、出身地である島根県・出雲エリアの野菜の魅力を発信する活動にも注力。その行動原理には、イタリア生活で身についた食習慣が少なからず影響しているという。
    「イタリアには、コンビニエンスストアなど存在しませんから、出来合いのモノや調理パンを買ってきて、一人で簡単に食事を済ませるような習慣がまだ少ないのです。24時間オープンしているお店もないので、必然的に調理しなくてはならず、それが普通なんです。そして週末はだいたいトラットリアやピッツェリアで、友人とともに食事を楽しみます。ですから日本の“個食”という習慣に違和感を覚えてしまうのです」
    もちろん、いろいろな生活スタイルがあるから、コンビニ食や加工食品などを活用する“利便性”そのものを否定するつもりはないという。
    「料理教室では、私の出身地である出雲の有機的農法に基づいたビオ野菜を使用しますが、“ビオ野菜しか使わない”とハードルを高くするつもりはありません。ただ、機械的に、化学肥料をたくさん使ってつくられる大量生産の野菜をとるより、真面目に丹精込めて愛情たっぷりに作られたパワーある食材を摂る方が体にも心にもいい影響をあたえるのではないかなとおもっており、ちょっとした工夫で自身の食生活が豊かになったり、質が向上するということを伝えていきたいのです」
    2017年に出雲のビオ野菜生産者や、料理人、仲間とファーマーズマーケット“Sunday Market CiBO(サンデーマーケットチーボ/毎月第4日曜日)“を立ち上げた。
    「生産者と直接話をすることができ、そこに集まってきた人たちと自然に会話が生まれるライフスタイルを充実させるためのマーケットを開催しています」
    本当に伝えたいことがあるからこそ、板倉さんは常に挑戦を続けていく。

  • 2019年08月30日
    プロ・インタビュアー伊藤秋廣

    未経験から40歳で独立。その情熱の原点

    企業経営者からアスリート、医師や著名文化人まで、年間500人を超える方々へのインタビューワークを実施するプロインタビュアー・伊藤秋廣。実は40歳になるまで、ごく普通のサラリーマン生活を送っていた。どのような転機があってプロインタビュアーになったのか。その成り立ちについて聞いてみる。

    ――社会人のスタートは?

    40歳になるまで、ごく普通のサラリーマン生活を送っていました。最初の社会人経験は地方都市に本社がある上場企業の経理職。それから自らが希望していた営業広報部門へと異動となり、なんとなく順調な会社員生活のスタートは切っているげな感じでしたけれども、三年目にして突然、辞めてしまったんですね。

    本社が地方にあったので、東京が恋しくなったというか、現場から遠い場所にある本社部門での仕事が、何となく空虚に感じられたのですね。結婚したばかりだったのですが、若かったし、東京に戻れば転職だってどうにかなるだろうと甘く考えていまして、そこから転職難民生活が始まりました。

    創立間もないベンチャー企業に入社するも、あまりにハードな仕事に辟易してすぐに退社。続いて、妻の親戚が経営する電気工事会社にバイトから入って、そのまま正社員になって、マンホールをあけたり、鉄塔に上ったり、ベテラン職人を相手に施工管理の仕事なんてやっていましたよ。すっかりガテン系でしたね。

    でも、“このままじゃいかんなぁ”と、電子機器の部品メーカーで生産管理兼営業みたいな仕事をしたり、粉体プラントのエンジニアリング営業をやったりと、もう、2~3年でころころと会社を変えるような状態。長続きしないんですよ。典型的な“ダメ夫”でしたね。

    どうも組織で働くのが性に合わないと言うか…けっして協調性がないわけではないし、コミュニケーション力もそれなりにあったのですが、特に上司とうまくいかないんですよ。

    結局、性格的に理不尽なことが我慢できないタイプだったのですね。ずっと、自分は社会不適合者じゃないかと悩んでいました。今思うと、よくぞ奥さんも黙って着いてきてくれたなぁって思いますよ(笑)。

    ――ライティングの経験は?

    学生時代からモノを作ることが好きで、例えば音楽でいうと作詞作曲してライブをやったり、小説を書いてniftyの文化フォーラムで発表したりというのを趣味として続けていました。

    そして社会人になって結婚して38歳のとき、ある雑誌にテキストを投稿して少しお小遣いを稼ぐようになったんです。副業ですよね。サラリーマン生活を送りながら、平日の夜と土日に副業で執筆するというハードな日々を送っていました。

    それがおもしろくなって、どんどん取引先を増やしていったのですが、副収入は入るけれども、まったく暇がないから遊びにも行けない。これでは、意味がないなぁと、40歳になったのを機に、どちらかを選ばなければと思って、奥さんに相談したんですよね。

    子供もいたし、家も車もローンが残っていたのですが、人生は1回しかないんだから独立したらって言ってくれて…。奥さんに背中を押してもらってフリーランスになったのです。

    ――どのようにしてクライアントを増やしていった?

    駆け出しの頃は、ガンガン営業していましたよ。一応、元・営業マンですからね。名刺・ロゴ・ホームページには真っ先に投資して、きちんとカタチだけは整えつつ、インターネットの掲示板に書き込んでPRしたり、出版社の求人を見つけては、“社員でなく外注でいかが?”と提案したりしていました。

    当時はまったく実績がない状態だったで、ほとんど手応えはないんですよ。でも、もう引き返せないですから、ひたすら営業活動を進めるしかありませんでしたね。中には物好きな編集者もいらっしゃって(笑)、こんな私を拾って育ててくださったり。

    とにかく実績を積むしかありませんから、どんな仕事にも食らいついていくしかありませんでした。最初の頃はホストやキャバクラの取材もやりまして、夜中の3時に自転車で新宿・歌舞伎町まで行って取材して1時間かけて自宅に帰ってきたり(笑)。

    世の中に履いて捨てるほどいるといわれていたライターの中から選んでいただくためには、どうしたらいいかを常に考えていました。僕でなければできないことは何か?当時、営業経験やサラリーマン経験の中で培われてきたトーク力や取材力が評価されていたので“これだ”と。インタビュアーを名乗り、“自分はプロのインタビュアーだから”と自意識を高めつつ経験を重ねていきました。

    ちょうどコンテンツの時代の到来とともにWEB業界のニーズとマッチしたのか、今では単独・グループを含め、年間500人以上の方々にインタビューさせていただくまでになりました。

    ご信頼いただけるお客さんを増やしていきながら、それなりに評価されるようになり、紹介、紹介で各方面からお声がかかるようになって、今年で11年目を迎えることに。10年以上続いた職場なんて、これまでの人生の中ではなかったですからね。やっと自分の居場所が見つかったというか、自分が評価される仕事が見つかりましたね。今、流行りの“働き方改革”ならぬ、思いっきり、“生き方改革”をしたって感覚です。

    ――ターニングポイントになったのは?

    一つは荒川静香さんへのインタビューですね。ご引退後、銀行の社内報でオリンピックイヤーに選手の話を聞くというのがあったんですよ。荒川さんが部屋に入ってくると空気がぴりっと変わりました。その道を極めている人は言うことが違うんですよね。あれは本当に勉強になりましたし、“ここまで来たのだ”という感慨もありました。

    あとは、明治大学の齋藤孝先生と数学者の秋山仁先生の対談。斎藤先生はバランス感覚もいいしこちらが求めていることをしっかりと理解して対応してくださる方なんですが、秋山先生はやんちゃですから(笑)、話の流れを気にしないで自由にお話し下さる方でした。

    限られた時間の中で、決まったテーマに沿ってうまくハンドリングしていかなければならないというプレッシャーの中、どうにかうまくいって…。終了後に気づいたのですが、緊張のためか背中が汗びっしょり…。

    でも、その経験のおかげで自信もチカラもついたと思いますね。以降、かなりヘビーな現場に直面しても、“あの対談ほど難しい取材はないだろう”って思えば、すっと緊張もほぐれるようになりました。

  • 2019年08月28日
    日経BP総研 経営フォーラム モデレーター

    弊社代表・伊藤が日経BP総研 経営フォーラム2019に登壇

    弊社代表・伊藤が「日経BP総研 経営フォーラム2019 先行き不透明な時代に生き残るトップの条件」第三部トークイベントのモデレータとして登壇しました。