青森のりんごの魅力を発信する“伝道者”としての自覚
地方創生を実践的に推進する地域のキーマンをご紹介するシリーズの第一段。今回は、青森県南津軽郡大鰐町で、こだわりのりんご加工品を製造・販売に従事する株式会社大鰐食品加工 代表取締役社長 両角健一氏にインタビュー。会社の歴史や自身が社長に就任した際のエピソード、そして会社の未来と地域に対する思いをお聞きしました。
自分たちの地域のりんごの美味しさを、しっかり伝えていきたい
――やはり、ご長男ですと、子どもの頃から、会社を継ぐという意識は生まれるものですか。
そうですね。物心ついた頃には、いずれは“会社を継いでいくのだろう”という思いは生まれていましたね。
私が子どもだった頃の大鰐食品は、かなり経営の苦しい会社だったと記憶しています。東北エリアでは、それなりに販路を確保していましたが、やはり全国に展開するハードルは高く、“何をどうすればよいのか?”なす術もないまま苦しんでいた時期もありました。ところが、ある時、長野に拠点を構える食品会社の方から「OEM商品を作ってほしい」というお声掛けをいただきました。弊社の商品を気に入ってくれたのでしょう。私が大鰐食品に入社した頃の話です。
その食品会社さんから始まり、続いて大手食品問屋さんが弊社のブランド品の取り扱いを開始。徐々に販路が拡大され、会社も大きくなっていきましたね。
――それは御社の何が、どのように認められたから、お客様が増えていったと分析されていますか。
やはり、弊社が製造するりんごのシロップ漬けのクオリティが評価されてのことでしょう。
同じりんごのシロップ漬けでも、メーカーによって作り方も違えば、味、食感も大きく違ってきます。よくお客様に言われるのは、弊社のシロップ漬け、これを「りんごのプレザーブ」と呼びますが、まるで生のりんごのようなシャキシャキとした食感があると。問屋の営業の方からも、「これまでりんごのプレザーブはあまり好きではなかったのですが、大鰐食品の商品を食べてみて、認識が大きく変わった」という、嬉しいお言葉をいただいています。
この食感を実現するために、先代の工場長がトライ&エラーを繰り返しながらようやく今のレベルにたどり着いたのですが、私はその姿をずっとそばで見続けていました。目指していたのは、作られた甘さではなく、りんごそのものが持つ、すっきりとした、ナチュラルな甘さです。できる限り生のりんごに近づけたい、自分たちの地域のりんごの美味しさを、しっかり伝えていきたい、そんな思いがベースにあったのは確か。私が工場長に就任した際に、その思いと技術の両方をしっかり受け継ぎましたね。
弊社の製品に対するこだわりは、そのままお客様のこだわりとリンクしていきます。名前は出せないのですが、コーヒーチェーン のアップルパイやブーランジェリーの素材として採用されています。どちらも商品に対して強いこだわりを持ち、熱烈なファンを有しているお客様です。
――世の中のスイーツに求めるレベルがアップしていって、それに伴い、どんどんこだわりの強いお客様が増えていった。その結果、御社が昔から続けてきたことに評価が集まったということですね。
結果的にはそうですね。私たちには、お客様の希望に近づけたい、それぞれのお客様のこだわりや希望に沿いたい、他とは違うものを作りたいという思いがありました。ありがたいことに、そういった私たちの企業姿勢に評価が集まり、そこから評判が口コミで広がっていって、名だたる会社から声がかかってきました。今でも「こういうものを作れないですか」というご相談をいただき、それに対して真摯にお応えしている状況です。
――御社のお客様に対する姿勢が信頼につながったということですね。モノづくり以外の部分でこだわっていること、心掛けていることがあったら教えてください。
りんご加工工場において、あまり衛生管理に対する意識が高くなかった時代から、先代の社長がきちんと投資をして力を入れていました。「クレームのない生産を実現しよう」と、10数年前に工場をリニューアルしました。お客様に工場見学をしていただくとご納得いただいて契約をしてくださいます。ここまで徹底している工場はそれほど多くはないと思います。
先代のこだわりを残しながら、新しいやり方を融合していく
――社長に就任された経緯について教えてください。
私が社長になったタイミングは、決して喜ばしいものではありませんでした。今から2年前に父の癌が発覚。ステージ1だったので治ると思っていたのですが、残念ながら…。当時、私は工場長の立場にありましたので、色々なことを教わりながら、会社を継いでいこうと考えていたのですが、あまりにも急すぎて、会社どころの話ではありませんでした。それでも、従業員の雇用を守るため、お取引先の利益を守るため、この会社を継続させていかなくてはなりません。経営の経験はありませんでしたが、父が存命の時に資金繰りについて学び、これまで以上に良いものは作るのは当然、きちんと経営的な観念を身に着けていきました。
弊社の従業員は皆、本当に良い方ばかりで、私が就任する前から「お父さんにはお世話になったから頑張れ」と応援してくださいました。また、恵まれたことに私には頼りになる弟がいるので、彼に工場長を任せ、二人で力を合わせながら会社を切り盛りしていこうと話し合いました。
もっと積極的に取引先を回り、商品の優位性をアピールしていかなければなりませんし、これまでは、お客様の方から“こういうものを作れないか”というご依頼を受けるばかり。なかなか弊社の方から提案ができずにいたので、今後は弟を中心に現場の若い方の声を聞きながら、開発していきたいと思いましたね。
――経営理念を教えてください。
安心安全はもちろん、お客様に満足していただける、希望に沿えるものをお届けしたいです。私の代になってから新たな取り組みとして、それぞれの工程の記録を取り、安定した品質の商品供給に努めるようになりました。父の代には、まだまだ職人の感性で仕事をしていた部分もあり、どうしても属人的になりがちでした。今では誰もが同じ品質の製品が作れるようデーターを収集。分析して、マニュアルを作成することにしました。
当初は存命だった父も然り、昔からの従業員の方の間では「なぜ、そのような紙の無駄遣いをするのだ」という声もありました。しかし、その必要性を説いて納得していただき敢行したしたところ、目に見えて品質も安定し、生産性もアップ。お客様からの評判にも繋がったものと自負しています。
この発想は、お客様との対話の中から生まれました。工場査察にいらっしゃったお客様からアドバイスをいただいたことをフレキシブルに吸収し、弊社なりのやり方ですぐに具現化していきました。
――御社のすばらしさは、この例のように、良いものはフレキシブルに受け入れて、お客様の提案を実現されようとする点にありますね。そういった若い経営者特有の感覚があるからこそ、これまで伝統的に積み上げてきた技術に磨きが掛かり、品質の良い製品を生み出すことができているのでしょうね。
はい。先代の工場長が作り上げてきた品質に対するこだわりを残しながら、私たちなりの新しいやり方を付け加えている感覚です。他にも、従業員の働きやすい環境を作ることにも弟とともに注力。これまでは休憩時間もとらずに作業をするという状態でしたが、従業員の意見を聞きながら改善してきました。
新しい人材が入りやすい環境づくりを進めると共に、昔から勤務している方の“会社を良くしていきたい”という気持ちを大切に、そのギャップを解消していきたいながら、今後も誰もが働きやすい環境を作っていこうと考えています。
私たちがこの青森という地域のためにできること
――社長に就任されて2年が経過しました。手応えはいかがですか?これからのビジョンと併せてお聞かせください。
課題はたくさん見えてきました。もっとも大きいのは原料の調達の問題です。りんごの収穫は自然事象に左右されやすいので、豊作の年もあれば収穫の少ない年もあります。収穫が少ないと価格が跳ね上がります。上昇したコストは100パーセントお客様にご負担いただくわけにもいかず、弊社でも一部負担せざるを得ません。今は一般の生産者の方から購入したり、青森の仲買人の方やJAさんから購入して集めています。
家の周囲には、たくさんのりんご園があります。小さいころからりんごの生育を見ながら生活をしてきましたし、これからもそうです。私たちはこの青森のりんごの、獲れたてのおいしさを知っているからこそ、その魅力を引き出し、表現できるのだと思います。
青森は日本で一番のりんごの産地です。その日本一のりんごを使って、りんごのプレザーブ、りんごの加工品を作っている以上、妥協などできるわけがないのです。現在の業務用メインから、将来的には弊社のHP上から直販を行い、青森のりんごの魅力を広く、たくさんの人に知っていただきたい。その伝道者のような思いを抱きながら、これからも事業に取り組んでいきます。
(取材協力)
株式会社 大鰐食品加工
http://www.ringooukoku.jp/