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映画監督 まつむらしんごロングインタビュー

2023年10月20日
映画監督

1020日(金)に、最新作『ふまじめ通信』上映を控えた、まつむらしんご監督にインタビュー。本作の制作秘話、およびこれからについて語ってもらった。

低予算でも、ポジティブな気持ちで作品に向き合っていた

「前作を撮り終わった段階で、プロデューサーから『すぐにもう1本作らなければ』と声をかけられ、私も“確かにそうだな”と思いました」

東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門に出品され、吉田美月喜・常盤貴子が出演する前作「あつい胸騒ぎ」は、商業映画として一定の成功を収めていた。しかし、まつむらの中には、この作品が世の中に広く深く浸透していくとの確信はあったものの、世間から“これからもまつむら監督に映画を作ってもらいたいと思われるまでには数年かかる”との焦りもあったという。
「せっかく世に出た名前が消えてしまうのはもったいないし、恐ろしいことです。“どんな形であれ世の中に名前を出しておくということは重要だ”と考え、“小規模作品でも良いから撮っておいた方が良い”と判断しました」

“小規模作品でも良い”と考えた理由のひとつに、もちろん予算の問題もあった。有名な俳優が出演する前作とは一転、今回は、「ARTS for the future! 2」という行政の助成金を活用することにしたが、予算の規模でいえば、前作の5分の1程度。それでもまつむらは、むしろポジティブな気持ちで作品に向き合っていた。
「『あつい胸さわぎ』は、私の中では突出して予算が大きな映画でした。それ以前に10年以上もインディーズ映画を作っていて、わずか200万円で長編映画も作ったことがあります。なので『ARTS for the future! 2』の助成金があれば、私にとっての“中規模映画が制作できる”という感覚でした」

まつむらが自覚する、自作のストロングポイントは、アクションなどお金がかかることではなく、日々の生活での機微をコミカルにユーモラスに表現すること。だから“予算が少ない”ということは大したデメリットにはなりえない。
「引きの強いコンセプトと、それに加えて可愛らしいルックがイメージできれば、十分に戦えると思っていました」

撮影地である和歌山に対する思い

本作「ふまじめ通信」は、前作に引き続き和歌山で撮影が進められた。舞台になっている加太は、「あつい胸さわぎ」のロケハンで印象に残った土地だったため、物語が出来る前からこの地で撮影することは決めていたという。
「前作でも和歌山にお世話になっていますが、自治体も含め、地域住民との交流も生まれていただけに、その関係性を大切にしたいという思いがありました。1回きりでこの関係が終わってしまうのはもったいない。もっと恩返しができればという思いも生まれていた」

しかし、予算も少なく、前作のように有名人がでるわけではない。正直言って、地域を紹介するCMのような映画にはならないかもしれない。ところがまつむらの元に届いていたのは、予想に反するような反応だった。「この街で生まれた」という地元の方々が、「自分たちの映画」として本作を受け止め、応援してくれた。
「地元の方々がスタッフとして協力してくれたり、宿泊施設の方々も温かい食べ物を提供してくれました。地元の釣り名人が海釣りのシーンのレクチャーをしてくれたり、地元の専門学校の生徒さんが、授業の一環として俳優にメイクをしてくれました。私たちもヘアメイクの予算が足りなかったので、とても助かりました」

この話には“後日談”がある。まつむらが生徒の一人にかけた「また東京で仕事を一緒にできたらいいね」という言葉に背中を押されたかたちで、ヘアメイクを目指し、現在東京で修行している女性がいるという。
「ちょうどコロナ禍の中での撮影で、生徒さんたちも実地での勉強がまったくできていない状態。『とても良い経験になった』と先生からお言葉をいただけました。こうして小規模でも商品としてお届けできる映画が作れるというのは、行政のバックアップや地元の方々の協力が土台にあったからと大変感謝しています」

省かれてしまうストーリーの断片や切れ端に興味を持っていた

「ふまじめ通信」は加太を舞台に、いくつもエピソードが重なっていく、まるでエッセイのような構成が印象的だが、まつむらには以前から、こういった手法の映画を作りたいという願望があったという。

「一般的な映画は小説のように、きちんとしたストーリーラインが存在します。そして2時間という時間の制限があるので、ストーリーに関係ない部分はどうしても省かなければなりません。私はその省かれてしまうストーリーの断片や切れ端に興味を持っていたので、それを中心とした語り口で映画を作りたいと考えていました」

本作にちりばめられたエピソードは、ほとんどが実際にあった“リアルなもの”だ。しかも作品前半、主人公を含む3人の女ともだちが語り合うシーンに使われていたのは、まつむら本人の体験談だという。
「大好きだった叔母と訳あって音信不通になっていました。彼女が末期癌におかされていると知って、最後にお見舞いをさせてもらった時に、彼女の耳元で『だいすきだよ』とそれまで言えなかった気持ちを伝えたら、『しんご、口くさい』と言われてしまいました。ちょうどバイト先の中華料理屋で賄いの餃子を食べた直後だったのですね。それが彼女と最後に交わした言葉になりました。このエピソードを題材にして一本の映画を作ることはできませんが、私はこれをとてもリアルで良いエピソードだと思っていました」

このように“人に話すようなことではないけれども、自分では捨てられない、埃被っているようなエピソード”を「ふまじめ通信」というインターネットラジオで発信する。そのアイデアはアメリカのポール・オースターという作家の作品「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」がベースにある。
「彼がラジオでパーソナリティをしているときに、本当にあった不思議な話などを募集して、それが何冊かの本になっています。そこにはたくさんの“物語の種”がありました。その本を読んで、“誰しもが“物語の種”を持っているはずなので、それを引き出してキャラクターの人生に上手くはめていきたい”と思いました」

まつむらは、ロケハンで行った先々で出会った人から、“人に話すようなことではないけれども、自分では捨てられない、埃被っているようなエピソード”を集めていく。本作でいえば、“自転車のサドル”や“教師をスカウトする”エピソードは実際に和歌山で拾うことができた。中でも印象深いのが、“子どもが頭をぶつけないように、石がぶら下がっている船着き場の売店”のシーンだ。
「その話を聞いたときに、観光に来ている人はその石の前を素通りしていきますが、私は強烈に興味を持って話を聞き、“売店のおじさんが設置した”というエピソードを知ったことで“得をしている”と感じました。このように誰もが物語を持っていますが、その価値を分かっていませんし、価値が分かったとしても表に出すことができません。そこで私がストーリーで肉付けをして映像化し、光を当てていく、そんな感覚です」

“観たい”と思わせる映画の仕掛け

まつむらが向き合うのは、観客の高齢化、若者の映画館離れなど、決して明るくはない業界事情だ。わざわざ足を運んででも“観たいと思わせる映画”づくりにこだわっている。そのために必要な仕掛けは、映画館に行くだけでワクワクできるようなオシャレさや可愛さだという。
「“観たら良い映画”は世の中にごまんとありますが、“観たいと思わせる映画”は本当に少ないと思います。『あつい胸さわぎ』も胸を張って『良い映画だ』と言える作品ですが、映画に興味がある人以外へ届けることに苦労しました。今回はその反省を活かし、“かわいい”を前面に押し出し、そこから逆算して作っていきました」

映画に興味がなくても、“かわいい”作品であれば“観てみたい”と思う。“かわいい”がベースにあれば、演劇が好きだけれども映画も観る、小説が好きだけれど映画も観るという人たちにも届く。
「映画のターゲットは明確にするほど宣伝戦略が立てやすいのですが、今回はターゲットが“良い意味で”ぼやけています。現にSNS上の前評判を見る限りでは、前作よりも反応が良い。誰が見てもどこかに自分の好きなポイントや共感できるところを発見できる映画であることは間違いありません」

今回の「ふまじめ通信」の制作を通じ、あらためて自分は作家ではなく、商業映画の監督だと実感したという。映画祭の賞よりも数字で戦いたい。“数百億円もヒットさせたい!”という気持ちではなく、やはり映画はたくさんの人に観てもらえることが大切で、そのためには、“届くべきところにきちんと届く映画”を作っていく必要がある。「ふまじめ通信」の制作を進めながら見えてきたのは、まつむらがやるべき手法で、まつむらが撮るべき作品の明確なイメージだ
「今回、SNSでもエピソードを募集して、ひとつだけ映画内で使用したのですが、その人はクラウドファンディングにも協力し、“自分の作品”として愛着を持って観てくれているようです。やはり自分にとって大事なエピソードに光が当たり、なおかつ共有してもらえたことが嬉しかったのでしょう。“人に話すようなことではないけれども、自分では捨てられない、埃被っているようなエピソード”に光を当てて映像化することに手ごたえを感じているし、私はこの手法を“ライフワーク”と思っています。軽いタッチで映画を作っていますが、内容の半分はドキュメンタリーです。こちらが頭で考えたことよりも、その人も中で実際に体験してきた話の方が説得力があります。“物語の種”は間違いなく、誰もが持っているもの。私はこれからも探し続けます」

ほのぼのとしたエピソードばかりではない。世の中を見渡してみても、多くの社会問題が存在し、そこにあってしかるべき悲しみや苦しみ、憎しみを伴う“物語の種”が、恣意的に隠されているケースもある。
「例えば沖縄のとある地域だけで聞き取りをして物語を作るとしたら、他にはないエピソードがたくさん出てくるはず。それを発掘して光を当てていければと思っています」
まつむらの視線は、これからも多種多様な人々のエピソードに優しく、そして鋭く注がれ続けていくに違いない。

インタビュー&ライティング 伊藤秋廣(エーアイプロダクション)

■「ふまじめ通信」公式WEB
https://fumajime.jp/

 

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